不可思議
自分自身の超絶個人的なブログということで、思ってること真っ先に書きたいのはやっぱり「ゲーム」なんですよね。
ゲームの性質って、言葉で伝えられないというか、言葉で伝えられるくらいならそもそもゲームメディアが存在する必要が無いというか、まあそうしたもやもやしたものがずっとあって、ゲームを通じて個人的に理解した、発見した概念はついついアウトプットしたくなってしまいます。
ただしそれは決して「自分しか理解してないこと」ではないですし、
そしてそれは理解される必要があまり無いことですが、
けれど時には理解してもらうことでずっと有益になる局面もあります。
たとえば音楽や美術と同様に、いまから50年後か100年後か300年後の世の中には、ゲームというものの原理・性質・設計を学び知ろうとするときに手に取れるような体系が確立できるだろうということを意識しています。つまりまあ将来的には企業単位ではなく、社会規模での有益な扱われ方が確立される可能性があるものだと思ってますよ、という話。
ただしゲームという言葉は今の時代あまりにもバズワードすぎるし、コンソール機とケータイとPCではそりゃあ捉えているものがまったく違うし、体系化するためにはどこかで範囲を区切らなきゃいけないし、けれどそんなことするより今はまだ拡大・変化し続ける可能性を見て取るほうが有益だし、とにかくまあ、そこにはあるんだけど共有することが非常に困難で疲弊ばかりするものだと感じています。
なのでまあ、このブログはゲームについて書きます! …なんてことは言えるわけも無く、もう少し対外的に理解に齟齬の生じない誠意あるテーマを考えることにしました。それが「不可思議」です。
不思議、つまり不可思議というもの。思うことも議することもできないもの。…って既に捉えるのを諦めてるようなスタンスになってしまいそうですが、今の時代の次元的には解答が無い、そういうものだと割り切って結論を最上段のゴールにしないで捉えていくのが大事なんじゃないかなと思いました。
いや、「思いました」って書いたけど、別にそんなこと思ってないような…、ついついブログエントリ的な言葉のアヤというかなんというか。単に不可思議=1064って数値を表すのがかっこいいと思っただけかもしれないですね。。
ブログ名をつけるにあたって、「みやおか不可思議研究ノート」とかいろいろ考えましたがどう考えても不思議ちゃんなので、安直に流行りのラボ活動ということでミヤオカラボにしてみました。
まあ、「みやお課」という課活動からラボ活動ということでつながりも良さそうだし。予算は無さそうですが。
#やっぱりラボはいまいちしっくりこなかったので、みやおかノートにしました。(2008-03-28)
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