
ゆうべはリアルなイベントがあり、そこでネット上での知り合いに会ったり、その現場からネットの人とコンタクトしたりといろいろ大変な日でした。これはいわゆるオフ会、というのとはちょっと逆方向というか、ネット世界にリアルを持ち込むというようなことをやってました。
http://sonicviz.com/blog/2008/03/28/virtual-fun/
Paulさんの書いてくれたブログ記事。
予想していたことですが、イベント最中から終了後、帰宅に至るまで、ソーシャルの狭間でひとり悶々としました。
よく言われてると思いますが、最近はSNSも一つでは足りなくて、学校の友人、職場の友人、趣味の友人、世代の友人、ネットの友人とそれぞれで場のモードは違うし、見せている自分の姿も変わってきます。
そして自分の場合、いずれそれらが互いに接触する状況に直面するだろうからと、どの場でもなるべくブレのないようにしようと努めてきたつもりですが、やはりソーシャルの交じり合うところには多大な運動量を感じます。まあ「職場バレ」とか「親バレ」とかああいう言葉のアレに近いかもしれません。
一昔前のように単純にリアルとネットという2つの局面という話ではなくなってきていて、ネット上、リアルを問わず、活動する場ごとに発生するソーシャルがあり、その間を保っていた距離的制約が技術によってパッと取り払われたりします。融合融合。
ハレとケを混同しちゃうような気質は非常に忌避されやすいものですが、外国人とかココロ社とかココロ社とか見てると、ああそういう時代なんだなあと思ったり、そういう選択をすることによるメリットを強く感じたりもします。
ただまあなんでも融合してしまうと結局は現実ベースの可能性に留まってしまうというところもあります。
なので、ネットの可能性ベースでやってきたソーシャルに一方的にリアルを持ち込んでしまうのもちょっとアレよねと、たぶんそのへんがひっかかって悶々としていたところのアレかもしれません。
とにかくまあ、ソーシャル間のコントロールが物理的な制約任せであったのが、技術的なことで動かせるようになり、そしてそれをどう取捨選択していくかというようなところかなと。
同じ場所に居ながらにして、まったく別のものを見て、別のことを考えていて、別のものに参加している。
それが断絶ではなくて、ゆるやかに許容されて繋がっている。
なんとなくそういうイメージを感じています。